南海トラフの航海:
海底地震計をキャッチせよ
Update 2009.2/26
海底地震計って?
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これが海底地震計(Ocean Bottom Seismograph)なんですねえ. | |
これが海洋調査船「かいよう」です.双胴船という特殊な船です.甲板が広いです. |
南海トラフとはフィリピン海プレートが西南日本の下に沈み込むところです。普通なら海溝と呼びますが、ミゾというほど急激に深くなっておらず、なんとなく深いのでトラフと呼びます。舟状海盆とも呼びます。でも、それはそこ、世界に冠たるプレート沈み込み帯なのです。なにせ南海地震・東南海地震とM8クラスの巨大地震を起こすパワーがあります。沈み込み帯ならどこでもM8クラスの地震が起きるというわけじゃありません。南海トラフは、そんな重要な沈み込み帯のひとつなのです。で、そんな巨大地震を起こすところでは、普段は何が起きているのでしょうか??
地下で何が起きているのかを知る重要なアイテム、それは地震計ですね。といっても巨大地震を待ってるわけじゃありません。そんなのだいぶ先の話だし、どっちかつーと来て欲しくないし、、、 でも、およそ体感できないような微小な地震は頻繁に起きているのだそうです。海洋プレートが刻一刻と、ジリジリと沈み込んでいる時、地震発生帯は固着すべりを起こすべくガッチリ噛合っているものの、ほんの少しだけ音を立てる。ミシミシと。そんな感じでしょうか。
というわけで南海トラフの下で何が起きているのかを知るためにも、地震観測が大事です。日本列島にはおびただしい数の地震観測システムが設置されていて、この周辺で起きる地震はそりゃもうバッチリ捉えています。だから南海トラフの様子もまるわかり、、といきたいところです。でも南海トラフはちょっと陸から遠いですな。陸から遠い海の底の地震を観測する、、、 大丈夫かな。「いやいや遠くの音でもジッと耳をすませばいいんです。がんばればるから大丈夫!!」いいですね。そんな努力は重要でしょう。でも、簡単じゃありません。うーん、、、 やっぱハッキリ言いましょう。そうだ。そうなんだ。本当はもっと近くで聞きたいんだぁぁぁ
じゃ海に行きましょう。というのが海底地震計(OBS:Ocean Bottom Seismograph)です。海の底に地震計を沈めてしまうのです。南海トラフならざっと2000〜4000mくらいです。水圧は実に200〜400気圧です。ちなみに宇宙船場合は、中と外との気圧差は1気圧(真空の宇宙と大気圧)しかないことを思えば、すっげぇ違いです。この海底地震計は、地震計と記録器とバッテリーと、それらを格納する耐圧容器から構成されます。そして海底下で長期間観測を行います。長期といっても陸上の観測所に比べればずっと短いです。OBSはケーブルで陸上とつながってるわけではないのです。手持ちのバッテリーとメモリーで仕事するのですから。せいぜい数ヶ月から長くても1年くらいで回収するのだそうです。つまり船で回収して初めてデータを見れるというわけです。うまく回収できなければデータも観測機も全部失ってしまうというわけです。無事に回収することはとても重要です。
私は、OBSはおろか地震学もまったくのトーシローのパンピーなのですが、たまたまOBSを回収する航海に乗る機会を得ました。
海洋調査船「かいよう」
設置は海上から落とすだけです.効率的! |
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高圧の海底でじっと待ってます.そして浮上信号を受けるとプカッと浮いてきます.いやあ,ちゃんと作動するってだけでも偉いなあ. |
乗ったのは「かいよう」という調査船です。こいつは双胴船というタイプで、2つの船を甲板でつないだような構造をしています。甲板が広くて、2つのフロートが互いに動きを牽制しあうので、揺れが小さくなるという大きなメリットがあります(でも、角の部分に応力集中するので、過度に力を掛けないほうが良いでしょう。つまり嵐の大冒険は避ける)。で、実際に乗ってみると、上下の揺れが小さくてとても快適です。私は船酔いする方ですが、まったく大丈夫でした。食事もおいしくて困ります。
海底地震計は一抱え程度のサイズで、黄色いプラスチックの球体と鉄フレームからなります。プラスチックカバーの中にはガラス製の耐圧球があり、その中に地震計とバッテリーなどが入っています。外にニョキニョキ生えているのはフラッシュランプやらトランスポンダーなどです。
設置・観測・回収の手順は、
1.調査海域に行き、海底地震計を沈める。
2.移動しては次々に投下してネットワークをつくる。
3.無事に観測されているように祈る(数ヶ月から数年)
4.調査海域に行く。海底地震計の真上で浮上命令を出す(音響信号)。
5.海底地震計は、自らオモリを断ち切って浮上してくる。
6.海面に出たら、探して、拾う。
と、なってまして、このうちの後半を行う航海に乗ったのでした。
OBS返答せよ
「あ,あった!」浮上してきた瞬間です. |
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どんぶらこ,どんぶらこ | |
網ですくい上げます. | |
回収成功! |
波をザブザブかき分けて、目的海域に着いても何の目印もありません。海の上からOBSが見えるわけでもありません。OBSは何かの信号を出しているわけでもなく、海底でじーっと静かに観測しているはずです。で、調査船は真上に来ているハズなので、信号を送ります。ピーッ。この長期の間に、OBSが浸水することなく、壊れることなく、正常に働き続けているならば「ピッ」と返事します。そして浮上命令を出すと、オモリと本体との切り離し作業を開始します。コネクタの金属板を電気分解の要領で腐食させるのだそうです。このおおよそ数分でこの作業は終わり、浮上し始めます。浮上速度はおおよそ1m/秒なので、3000mの深海だと50分もかかります。浮上中もOBSは信号を出し続けており、ずっと「ピッ」「ピッ」「ピッ」と自らの場所と深さを海上の調査船に知らせ続けます。OBSはまっすぐ上昇しようとしているのですが、どうしても海流などで流されてしまうのです。調査船は、OBSの位置と浮上タイミングを測って、船のちょい前方に浮上してくるように操船します。このちょい前方というのが絶妙なのです。船というのは大きくてなかなか小回りが利かないのです。例えば微妙に手の届かない所に浮かんでしまって、回収し損なったらたいへんです。グルーッと大きく回頭して戻って来くるうちに、あれよあれよと波の間に間に見失ったらどうするんですか! だから浮かんでくる場所とタイミングを見極めて、それが船の目の前に来るように操船するのです。船は前に進むようにできてますから、前方右とか前方左なら、スッと動けるわけです。そして、小さなOBSをサッとすくいあげるというわけです。
もし、荒波にもまれて、見失ったらたいへんです。もちろんOBSにはレーダビーコンやらトランスポンダやらフラッシャーが付いてて、「おーい! 海底地震計No.5だぞぉぉ(モールス信号で繰り返す)」ピカーピカー(電波や光で手を振ってる)みたいなことはしますが、早く助けないとどんどん流されますし、波の衝撃で壊されるかもしれません。OBSは、決して自分の位置をGPSで読み取って、ケータイでメールを送ったりはしないのです(そもそも圏外です)。
トラブル発生! そして
この航海では、研究者は主席と私の2人だけで12時間ワッチでした。ワッチというのはWhatchのことで、主席が休んでいる間は私がブリッジにいるということです。実際の仕事は、トラブルが起きたときに主席を起こして、判断を仰ぐと言う重大な任務(?)です(←素人の私には十分に重責)。さて、30台のOBSを回収を主たる目的としていましたから、昼夜休み無く次々に、移動→呼びかけ→浮上したOBS捜索→キャッチアップ→移動の繰り返しです。次々に着実に回収していくのですが、ついに反応がないのが現れました。深夜に予定海域に到着して、何度も呼びかけますが、反応がありません。この2ヶ月の間に何らかのトラブルがあって、故障してしまったのでしょうか? それとも海底の泥に埋まってしまって、返事もできないのでしょうか? はたまた何らかのエラーで、勝手に浮上命令を誤解して、浮上してしまい、どこか遠くへ流されてしまったのでしょうか? 海上からでは、この下に居るのかどうかもわかりません。限られた日数で、全部のOBSを回収するためには、ここでいつまでも時間を取られるわけにはいけません。まだ、粘るのか、それともこのOBSをあきらめるのか?
主席の判断は、次のOBSの回収に移り、全てが終わってから再度試みる、でした。私は正直、今日作動しなかった機械が、来週作動するなんてあるだろうか??
いやない。と、思ってました。
そして次の日。その後も調査船は順調に回収作業を行っていたのですが、突然信号が入ってきたのです。モールス信号からすると、なんと昨晩反応しなかったOBSらしいのです(モールス信号なので、私にはピーピーとしか聞こえませんが)。
もといた場所から、かなり流された場所から電波は来ているようなので、調査船は回頭して回収に向かいました。レーダービーコンは方角もわからず、ただ近づくとビーッビーッという音が大きくなるだけです。しかたないので船を北に向けたり、南に向けたりしながら、音が大きくなる方向を見定めて、徐々に進んで行ってあとは双眼鏡で探します。広い海のどこかにOBSは浮かんだり沈んだりしながら漂っているはずです。いくらフラッシャーがピカピカしてても、簡単じゃありません。船員の方々は総出で双眼鏡で探してくださっています。そんな捜索が約3時間続いて、ついに発見。いやあ、よく見つかったなあ。私は場所を教えてもらってから双眼鏡を覗きましたが、わかりません。「え、どこ??」。いやあ船員の皆さんはスゴイ。多くの方々の尽力なしにはできないですね、海洋調査は。いやあすばらしい。