地震と活断層(26)ダイヤモンドとじんせい −脆性破壊−
update 2006.2/14
ふくしゅうしてやる!
やってもーたー |
今回からは脆性破壊に話を移しましょう。脆性破壊というのはバキバキッと壊れることです。ガラスや陶器といった硬いものが衝撃を受けて急激にバラバラに分裂することは、身の回りで頻繁にあることです。学生は無駄にビーカーを割りますし、うちの子は食器棚のガラス戸を粉砕します。そして私は岩石を割りますし、地殻内応力は断層を動かします。第7回、8回で破壊力学をやりましたね。覚えてますか? え? 記憶に無い。そんなもの習ってないって? いいえ! やりましたって。で、破壊力学のエッセンスはなんだってでしょうか。それはグリフィスクラックの先端における極端な応力集中でしたね。
丈夫な物に応力をかける。ちょっとは弾性変形するけど、ま、なーんともない。でも、そこにちょこっとしたキズがあるとキズの先端に応力が集中する。そして原子や分子の結合を断ち切ってクラックが成長する。破壊によって増加する表面エネルギーと応力による弾性エネルギーとのせめぎ合いが分水嶺でしたね。思い出しましたか?
ポイントは、どーんな物質もパーペキではなくて必ず欠陥があるという前提でしたし、特にクラックの形状が重要でした。先端が丸ければたいしたことないし、鋭ければめちゃ応力集中します。じゃあ、鋭いキズをつけさえすれば、どんな物質でも破壊するのでしょうか。
例えば、皆さんのスクーターや車のフレームをガラスで作ったらどうなるでしょう? ちょっとした段差やデザイン上のエッジといった応力集中しそうな部分はいくらでもあるでしょう。そんでちょっと電柱に接触しちゃったらどうなるでしょう。きっと車体は粉々に割れて飛び散ってしまうでしょう。ガチャーンと。ちょっとぶつかっただけなのに! 車体が粉々になったらショックですね。でも実際には大丈夫です。鉄やアルミの金属フレームなら全く問題ありません。なぜガラスだと破壊は一気に成長するのでしょうか。なぜ金属なら大丈夫なのでしょうか。これが今回のテーマです。
ちなみに先に言っておきますが、原子や分子をくっつけている化学結合の強さの違いは決定的ではありません。分子間力といっためちゃ弱い結合から最も強い共有結合まででも、その差はたった100倍程度しかないそうです。でも世の中の物質は、もっと桁違いに強ーい物から弱ーい物まではるかに幅があります。それ以外の要素を考えてみましょう。
しかも変形速度でも強さが変わるし
硬いけど脆いというのはガラスにも言えることです。ガラスは鉄よりも硬いけど(キズをつけることができる)、ガラスはハンマーで砕くことができます。 |
ゆっくり変形させれば広い範囲が塑性変形します。 |
冬の天体観測。熱いお茶も凍てつくような寒い夜。赤道儀につなぐ電源ケーブルがポキッと折れてしまった、、 ありますよねえ。そんな経験。暖かければケーブルが折れたりしないのに。「そりゃ凍ってたからですよ」なるほど、そうか。ん、マジでそうかな?? 液体窒素に浸したバナナなら水分が凍るでしょうが、銅線とビニールが凍るか? それにそもそも凍ったら折れるって何? どうして折れちゃったんでしょう。
では次に、ダイヤモンドを砕く実験をテレビで見たことはありませんか? あの世界で最も硬いダイヤモンドをハンマーでぶんなぐるとガラスのように粉々に砕けてしまうという実験です。私はこの20年間にテレビで2回見たことがあります。
その番組では、あの硬いダイヤモンドがハンマーにめり込むことなく一瞬にして粉砕されてしまいました。あーあ、もったいない。しかももっと驚くべきことは、その番組ではダイヤモンドを巨大金属ローラーでゆっくり押しつぶしたことです。今度はダイヤモンドは粉砕されることなく、金属ローラーに食い込んだのです。つまりダイヤの勝ち。お、おもしろい。同じ金属とダイヤなのに、高速でぶんなぐるとダイヤの負け。ゆっくり押しつぶすとダイヤの勝ち。速度によって結果が変わってしまう。これってどっちが強いって言うのでしょうねえ。っていうか強さってなんでしょう。うーん。いい実験だ。やってみたいなあ。誰か大粒のダイヤください。
全力でくいとめろ
化学結合力でもなく、しかも変形させる速さ(つまり歪み速度)によっても強度は変化するってなんなのでしょう。
いったい強さって何なの?
どうしてガラスのクラックは成長するの?
どうしてハンマーでぶんなぐるとダイヤは砕けるの?
どうして冷えたケーブルは折れたの?
どうして私の自転車のフレームはクロモリなの?(←それを買ったから)
応力集中によってクラックが成長して、一段と応力集中して、ついに全体の破断に至る、、、でしたね。 |
でも応力がかかる → 局所的に塑性変形する → 弾性応力が解消される となってはクラックが成長できませんがな。 |
ここで登場するのが前回まで出てきた結晶転位機構です。「はあ? それは塑性変形の話でしょ。バキッと割れる脆性破壊と何の関係があるんですか」。それがあるのです。塑性変形というと、なんかゆっくりとしたイメージがありますが、瞬間的な応力でも塑性変形は起きます。例えば針金はすばやく曲がるし、また金属をばかばか叩くと内部に転位が増えて増えて最後にはしなやかさが無くなるって話もあったでしょ(第24回参照)。つまりミクロには瞬間的に転位して、局所的には塑性変形しているけど、それが全体に及ぶのには時間がかかるので、塑性変形がゆっくりしたものに感じられるにすぎないのですね。
と、いうわけで破壊の瞬間、クラックがすぱぁーっっと拡大していく瞬間にも、クラック先端で塑性変形は起きているのです。クラック先端では応力が集中しています。でも、先端周辺が塑性変形を起こしたらどうなるでしょう。そう、応力が低下します(弾性的じゃないってことね)。応力集中がクラックを成長させる鍵なのに、その応力が雲散霧消してしまっちゃ話になりません。これじゃ破壊しないじゃないですか。なんてこったい。
つまりクラック先端における、応力の集中と拡散とのデットヒートの結末が破壊なんですな。この時にクラックの縦横比も重要です(第7回参照)。縦横比が大きい、つまり鋭く長いクラックは先端に高い応力集中が起きます。クラックの部分は応力を支えられないので、その分の応力が先端にかかるからりますからね。で、応力集中が高すぎると、塑性変形による応力の拡散が間に合わなくなります。つまりクラックがある限界の長さに達すると一気に破壊します。そこに至るのが速いか遅いかがクラック先端における応力の拡散によるってわけです。
身近な例というとガラスは塑性変形しにくいので、浅い傷でも致命傷になります。金属は塑性変形しやすいので、深手を負ってもかなり大丈夫です。なるほどぉ。脆性破壊も塑性変形と関係してんだなあ。こういうふうに単に傷つきにくいとかいうことじゃなくて、クラックが成長しにくい(破壊しにくい)といった強さのことを靭性(じんせい)と呼びます。破壊にはこいつが重要です。ダイヤはたいへん傷つきにくい物質ですが、そういったしなやかさに欠けるんですな。だから鉄のハンマーにぶんなぐられたら割れてしまったのです。あーあ。
ちなみな解説
ここまで読んだら、最初に出てきた疑問は全て解けたことでしょう。でも、ま、一応説明しておきましょう。
ハンマーでぶんなぐったらダイヤが砕けた理由
ハンマーとダイヤがガツンとぶつかった瞬間に、どっちの内部でもグリフィスクラック先端に応力が集中します。この時、ハンマー内部のクラックでは、先端の応力が転位によって周辺の歪みとなって拡散し、クラック先端の応力は減少するでしょう。一方、ダイヤ内部のクラック先端では、転位があまり働かないために、どんどん応力が集中します。そしてついにダイヤが砕けたのです。
ローラーで踏み潰したらダイヤがめり込んだ理由
ローラーとダイヤが接触した瞬間に、どっちの内部でもグリフィスクラック先端に応力が集中します。ローラー内部では、クラック先端はもちろんのこと、かなり広い範囲にわたって塑性変形し、ついにダイヤのサイズよりも大きいエリアが塑性変形します。すなわちダイヤがローラーにめり込んだわけです。押せば押すほどローラーが塑性変形して応力を拡散するので、ダイヤ内部にも過剰な応力がかかりません。よって壊れません。
冬の夜にビニール線が折れた理由
塑性変形のしやすさは温度に依存します。低温では鈍くなるので、日中では問題にならなかったキズも低温のために致命傷になったのでしょう。
自転車や車のフレームが鉄である理由
鉄鋼材料はまさにねばり強く、ちょっとくらいのキズでは破壊しません。しかも私たちの生活の温度や歪み速度の範囲内では、その性質に大きな変化はありません。こんな好都合な材料が身近にいっぱい採れてほんとよかったですねえ。
今回は下記の教科書を参考にさせていただきました。
J.E.ゴードン著 土井恒成 訳 「強さの秘密」